ドイツ刑法学研究ブログ

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2018年 03月 15日

引き受け過失

Jakobsの見解 AT 9/14
事例1:過労にも拘らず運転を引き受けた。
事例2:ある重大な事故の目撃者が、のちに証人となることが予見できたにも拘わらず、記憶の定着を妨げる行為を行うことを差し控えなかった。
事例2はその様な保障人的地位にないため過失ではない。
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Rn 15 (9/15)
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松生光正「引き受け過失について」『鈴木茂嗣先生古稀祝賀論文集(上)』(成文堂2007)437頁以下


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by strafrecht_at | 2018-03-15 04:13
2018年 03月 15日

Liane Wörner講演会

東京経済大学講演会
日時:3月17日(土)15時~17時
 *その後懇親会の予定あり
場所:東京経済大学(国分寺キャンパス)2号館2階B202教室
講師;Liane Wörner
内容:「刑事司法の欧州化について」(通訳あり)

*アクセス:http://www.tku.ac.jp/access/kokubunji/
*キャンパスマップ:http://www.tku.ac.jp/campus/institution/kokubunji/


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by strafrecht_at | 2018-03-15 03:49
2018年 03月 13日

徐育安『「二重の個別化」と錯誤』(Hsu, Doppelindividualisierung, S. 199)におけるヘーゲル間接故意評価

§ 10 故意と主観的帰属
2 事実盲目性の問題
d)評価と批判
・・・ヘーゲルは認識していたものだけではなく、意図(Absicht)に含まれていたものを帰属することを認めていた(§ 118 Zusatz)。間接故意論はヘーゲルからも批判されていた(Mitschrift Wannemann § 66)。しかしその批判の重点はversari原理を故意論から排除しようとすることにあった。その点を除けば、ヘーゲルの意図論は、間接故意論と同じ目的を異なった方法で追及するものであった(Seelmann, 2004, S. 85 f.)。
ヘーゲルの間接故意論の問題点 S. 396 Fn. 816
へーゲルが間接故意カテゴリーを広く認める傾向にあることは、間接故意カテゴリーは、多くの先行者と同様に彼においても、versari in re illicita論と類似性があるという点に由来する(同旨 Lesch, Verbrechensbegriff, S. 148 f.; Safferling, Vorsatz, S. 21[ヘーゲル間接故意論の検討、versari論との類似性につきLeschに賛成する一方、結果責任に陥るものではないとする]; ヘーゲルに好意的なのは Hsu, Doppelindividualisierung, S. 199). 例えば、Hegel (Vorlesungen Bd. 3, S. 368 f.)参照:「私は行為することによって、私は私自身の身を不幸にさらし、不幸が起因しうるものを自ら行えば、すなわち、このことが私への権利を有すれば、私自身の意欲の定在である」‐ヘーゲルにおけるのと類似の考慮は、比較的最近の分析的行為理論に見出される。
*刑法学者によるヘーゲル間接故意論の評価
① Leschの見解
② Safferlingの見解
③ 徐育安の見解
④ Pawlikの見解
ヘーゲルの間接故意の擁護(S. 395 ff.)
間接故意論(NK-Puppe§ 15 Rn. 68; Jakobs ZStW 114 [2002], 589 ff.は、自説と間接故意論との類似性を明示的に強調)、特にヘーゲルの間接故意論が擁護されるべきとする。ただし修正が必要
問題点:あまりに不特定
一般的な行為理論→特定の犯罪理論上の諸帰結を導き出すことができない
「ヘーゲルの論理上の基本カテゴリーである矛盾と止揚への依拠からのみ刑罰正当化の問題とは無関係の犯罪概念を構想することが不可能であるのと同様に (S.56 f.)、行為者が理性的な者であれば見誤ってはならなかったであろうことを見誤ったということそれ自体からは、その行為者を法敵対者としての刑法上の取扱うことに値するということは導出しえないのである 。」(Pawlik S. 395)
「愚かさと不知は倫理的に、そして法的に無色である」(Exner, Wesen, S. 97) 。
「なぜ行為者が当該の誤った評価へと至ったのか」が重要
無能力の解釈:「その諸原因は、それらが社会的に行為者の「仕業」として解釈されるために、その行為者に負責的に帰属されうるのかどうか、あるいは無能力が、当該の者のDispositionから切り離され、運命とみなされる諸要因に依拠するのかどうか」(これとパラレルの評価としてS. 345)
この意味において負責的:無関心と無思慮
【まとめ】①行為者がすべての理性的な者にとっては明らかであることを見誤ったこと+②この誤ちが無関心または無思慮によることという要件を満たす場合
その「『無神経さ(Dickfelligkeit)』(Beling, Unschuld, S. 34) が法敵対的なものとして行為者に帰属されうるし―そして、されなければならない!」(Pawlik, S. 397)


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by strafrecht_at | 2018-03-13 09:20
2018年 03月 01日

レンツィコフスキー教授講演会

1. 日独台刑事法シンポジウム
日時:3月3日(土)13時~17時30分
場所:早稲田大学(早稲田キャンパス) 9号館5階第一会議室
内容:過失共同正犯(通訳付き:詳細は↓)
2. レンツィコフスキー教授単独講演
日時:3月6日(火)15時~17時
場所:龍谷大学(深草キャンパス)和顔館 203教室 
 (http://www.ryukoku.ac.jp/fukakusa.html)
内容:ドイツにおける性刑法の改正について
通訳:冨川雅満(日本学術振興会特別研究員)
3. レンツィコフスキー教授単独講演
日時:3月7日(水)16時~
場所:京都大学(吉田キャンパス)法経本館(時計台の北隣の建物)2階 第九教室
内容:過失共同正犯(通訳付き)



日独台刑事法シンポジウム「過失共同正犯論」のご案内
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by strafrecht_at | 2018-03-01 22:08