ドイツ刑法学研究ブログ

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2018年 02月 19日 ( 2 )


2018年 02月 19日

パヴリック市民の不法を読む会

2月19日(月曜日)の13時から
パヴリック市民の不法を読む会→前回
S. 394 - S. 397
本日のテーマ1:Puppeの故意論の検討(続き):特に無関心の取り扱い(S. 394+S. 394 f. Fn. 808)
無関心と答責性: Jakobs, FS Schreiber, S. 954
行為者の事実的-心理学的な状態→「理性者間のコミュニケーション内での態度の表現価値」へのパラダイム転換(Puppe, ZStW 103 (1991), 15)
【まとめ】客観的な基準を手掛かりにして評価される場合のみ可能(Pawlik, S. 394)
本日のテーマ2 現行法における無関心の取り扱い (Pawlik, S. 395)
but: そのような(無関心の故意との)同置を故意に関する現行法の規定[§ 16 StGB]に読み込むことは困難
実質的には、この同置は例えばドイツ刑法17条において免責されえない禁止の錯誤の事例としてに対して明示的に指示されているが(この点につき詳細は、S. 407)、
刑法16条1項1文:故意処罰を否定→不整合(このことは、すでに上記現行法上の規定が施行されるずっと前から警告されていた。例えば、Beck, Unrechtsbewußtsein, S. 35.- 現代の文献から、Jakobs, AT, 8/5a f.; ders., Studien, S. 104 f.; ders., Fahrlässigkeitsdelikt, S. 8; ders., GS Armin Kaufmann, S. 281; ders., ZStW 101 (1989), 529 ff.; ders., GA 1996, 267; ders., GA 1997, 556 f.; ders., ZStW 107 (1995), 862; ders., ZStW 114 (2002), 584 ff.; ders., FS Schreiber, S. 950 ff.; ders., Schuldprinzip, S. 20; ders., Zurechnung, S. 62 Fn. 7; ders., FS Rudolphi, S. 17 ff.; González-Rivero, Zurechnung, S. 172 f.; Heuchemer, Erlaubnistatbestandsirrtum, S. 102 f., 264 f.; Hsu, Doppelindividualisierung, S. 126 f.; Manso Porto, Normunkenntnis, S. 43 ff., 132 f.; Hruschka, FS Bockelmann, S. 431; Lesch, JA 1997, 802)→Jakobs, FS Schreiber, S. 955からの引用も参照
立法上の修正:主観的帰属の解釈論の重大な価値論上の不整合からの解放
【まとめ】Pawlikは、無関心を故意とすることは現行法の解釈論としては困難だが、これを立法論的に修正しないと主観的帰属の解釈論において重大な価値論上の不整合が解消されないとする(同旨、 LK-Vogel, Vor § 15 Rn. 70; NK-Puppe, § 16 Rn. 2; Roxin, AT 1, § 12 Rn. 97; Duttge, Bestimmtheit, S. 368 Fn. 63; T. Walter, Kern, S. 244 f.; Gaede, ZStW 121 (2009), 262 f.; Kindhäuser, FS Eser, S. 356 ff.; Müssig, FS Jakobs, S. 432; Vogel GA 2006, 388.)↔︎反対説(ドイツの現行法においても同置可能とする見解) Hsu, Doppelindividualisierung, S. 202 ff.; Jakobs, System, S. 57; ders., ZStW 114 (2002), 597 f.; Rinck, Deliktsaufbau, S. 382; wohl auch Kawaguchi, FS Jakobs, S. 265(この記述は日本法の下での同置可能性を論じたものであり、ドイツ法の下での解釈については留保されている)。
【関連条文】Strafgesetzbuch (StGB)
§ 16 Irrtum über Tatumstände
(1) Wer bei Begehung der Tat einen Umstand nicht kennt, der zum gesetzlichen Tatbestand gehört, handelt nicht vorsätzlich. Die Strafbarkeit wegen fahrlässiger Begehung bleibt unberührt.
(2) Wer bei Begehung der Tat irrig Umstände annimmt, welche den Tatbestand eines milderen Gesetzes verwirklichen würden, kann wegen vorsätzlicher Begehung nur nach dem milderen Gesetz bestraft werden.
§ 17 Verbotsirrtum
Fehlt dem Täter bei Begehung der Tat die Einsicht, Unrecht zu tun, so handelt er ohne Schuld, wenn er diesen Irrtum nicht vermeiden konnte. Konnte der Täter den Irrtum vermeiden, so kann die Strafe nach § 49 Abs. 1 gemildert werden.
本日のテーマ3:ヘーゲルの間接故意の擁護(S. 395 ff.)
間接故意論(NK-Puppe§ 15 Rn. 68; Jakobs ZStW 114 [2002], 589 ff.は、自説と間接故意論との類似性を明示的に強調)、特にヘーゲルの間接故意論が擁護されるべきとする。
ただし修正が必要
問題点:あまりに不特定
一般的な行為理論→特定の犯罪理論上の諸帰結を導き出すことができない
「ヘーゲルの論理上の基本カテゴリーである矛盾と止揚への依拠からのみ刑罰正当化の問題とは無関係の犯罪概念を構想することが不可能であるのと同様に (上記、S.56 f.)、行為者が理性的な者であれば見誤ってはならなかったであろうことを見誤ったということそれ自体からは、その行為者を法敵対者としての刑法上の取扱うことに値するということは導出しえないのである 。」(Pawlik S. 395)
「愚かさと不知は倫理的に、そして法的に無色である」(Exner, Wesen, S. 97) 。
「なぜ行為者が当該の誤った評価へと至ったのか」が重要
無能力の解釈:「その諸原因は、それらが社会的に行為者の「仕業」として解釈されるために、その行為者に負責的に帰属されうるのかどうか、あるいは無能力が、当該の者のDispositionから切り離され、運命とみなされる諸要因に依拠するのかどうか」(これとパラレルの評価としてS. 345)
この意味において負責的:無関心と無思慮
【まとめ】①行為者がすべての理性的な者にとっては明らかであることを見誤ったこと+②この誤ちが無関心または無思慮によることという要件を満たす場合
その「「無神経さ(Dickfelligkeit)」(Beling, Unschuld, S. 34) が法敵対的なものとして行為者に帰属されうるし―そして、されなければならない!」(Pawlik, S. 397)


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by strafrecht_at | 2018-02-19 23:05
2018年 02月 19日

レンツィコフスキー教授の講演

1. 日独台刑事法シンポジウム
日時:3月3日(土)13時~17時30分
場所:早稲田大学(早稲田キャンパス) 9号館5階第一会議室
内容:過失共同正犯(通訳付き)
【比較法研究所 共催】
シンポジウム「過失共同正犯をめぐる問題―ドイツ・台湾の議論状況を中心に―」
【報告者】
ヨアヒム・レンツィコフスキー教授(ハレ大学・ドイツ)
ルイス・グレコ教授(アウグスブルグ大学・ドイツ)
許恒達副教授(台湾・国立政治大学)
企画責任者 北川 佳世子(研究所員、早稲田大学大学院法務研究科教授)
共 催  科研費、早稲田大学比較法研究所、法務研究科

2. レンツィコフスキー教授単独講演
日時:3月6日(火)15時~17時
場所:龍谷大学(深草キャンパス)場所は改めてお知らせします
内容:ドイツ性刑法の改正について(通訳付き)

3. レンツィコフスキー教授単独講演
日時:3月7日(水)16時~
場所:京都大学(吉田キャンパス)法経本館(時計台の北隣の建物)2階 第九教室
内容:過失共同正犯(通訳付き)

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by strafrecht_at | 2018-02-19 11:29